特集記事
【延暦寺】 多くの高僧を輩出した日本仏教の母山
延暦寺は、京都と滋賀の県境にそびえ立つ標高848メートルの霊峰 比叡山の全域に広がる天台宗の総本山です。
延暦7年(788)に最澄(伝教大師)が建てた「一乗止観院(いちじょうしかんいん)」、現在の根本薬師堂がその始まりと伝えられています。
円仁、円珍、良源、源信、天海だけでなく、浄土宗の開祖 法然、浄土真宗の開祖 親鸞、日蓮宗の開祖 日蓮、臨済宗の開祖 栄西、曹洞宗の開祖 道元など、後に宗祖と仰がれる多くの高僧を輩出してきた事でも有名で、日本仏教において極めて重要な意味を持つ聖地として「日本仏教の母山」とも呼ばれています。
延暦寺は、比叡山の山頂から、「東塔」「西塔」「横川」と、大きく3つの地区に分けられており、多くの国宝や重要文化財を所有しています。また、境内は国の史跡であり「比叡山鳥類繁殖地」として天然記念物にも指定されており、1994年には「古都京都の文化財」の一環としてユネスコの世界文化遺産に登録されました。
根本中堂には、最澄が自ら刻んだと伝えられている秘仏薬師如来が安置されており、宝前には「後の世までも照らすように」と願いを込めて灯された『不滅の法灯』が、開創以来1200年以上の時を越えて輝き続けています。
昭和62年(1987)には、比叡山開創1200年を記念して、世界の宗教指導者が比叡山に集い「比叡山宗教者サミット(8月3日~4日)」が開催されました。その後も毎年8月「世界宗教者平和の祈り」が厳かに取り行なわれています。
観光地化が進んではいるものの、現在でも深い山奥では「籠山行」「千日回峯行」などの厳しい修行が続けられており、霊峰たる由縁を肌で感じる事のできる場所となっています。
◆創建の由来◆
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延暦7年(788)に最澄(伝教大師)が建てた「一乗止観院(いちじょうしかんいん)」、現在の根本薬師堂がその始まりと伝えられています。その後、最澄は入唐し、延暦24年(805)に帰朝した後、天台宗を起こしました。最澄の亡くなった翌年、弘仁14年(823)に、朝廷より平安京を守護する寺院として「延暦寺」の寺号を賜わり、寺号を改めたとされています。 |
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| 戦国時代に入り、織田信長が、足利義昭との政治的対立を起こした際、延暦寺は、越前の朝倉氏、近江の浅井氏を援助します。信長は、延暦寺が義昭側につく事に脅威を感じ、元亀2年(1571年)に有名な「比叡山の焼き討ち」を行います。大損害を被った延暦寺は、その後、豊臣家、徳川家などの援助により復興され、現在に至ります。 | ||
東塔(とうどう)地区
延暦寺発祥の地である国宝の根本中堂を中心とする地域で、3地区の中で交通の便が最も良く、多くの参拝者が訪れます。
坂本ケーブルで延暦寺駅に到着すると、大講堂、戒壇院、阿弥陀堂などの諸堂が杉木立の中に点在しています。
◆根本中堂(国宝)◆
延暦寺では3つの塔(「東塔」「西塔」「横川」)に中心となる仏堂があり、これを「中堂」と呼びます。 ◆大講堂(重要文化財)◆
寛永11年(1634)の建物で、本尊は大日如来、左右の両脇には比叡山で修業した法然・円珍・親鸞・良忍・信盛・一遍・栄西・道元・日蓮ら高僧の等身大の尊像が安置されています。 ◆戒壇院◆
「戒壇院」とは、国家が公認する僧となる為の戒位を授ける場所で、比叡山中で最も重要と言っても過言ではないお堂です。 ◆文殊楼◆
文殊楼は高い石段を隔てて根本中堂の東側に位置しており、延暦寺の山門にあたるものです。 ◆法華総持院・東塔◆
高さは30メートルにもおよぶ木造構造で、重層多宝塔と分類されています。
上層部には仏舎利と法華経1000部を安置、下層部は胎蔵界大日如来像が祀られています。昭和55年(1980)10月、天台宗徒の佐川清氏(佐川急便グループ会長)の寄進により織田信長の焼き討ちから400年ぶりに再建されました。
最澄が「法華経」1000部を安置する塔として、日本全国6箇所(上野宝塔院・筑前宝塔院・豊前宝塔院・下野宝塔院・山城宝塔院【比叡山西塔】・近江宝塔院)の聖地に建立されています。 ◆山王院◆5代座主円珍(智証大師)の住房とされてたと伝えられており、千手観音を祀った事から千手堂、千手院の名でも知られています。円珍没後100年、円珍派と円仁(慈覚大師)派の僧の間で紛争が起き、円珍派はここから円珍の木像を背負って比叡山東麓にある園城寺(三井寺)へ移住したとされています。 |
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西塔(さいとう)地区
人の気配を感じられる東搭地区に比べ、西塔地区は落ち着きのある静謐な空間が広がっています。
西塔地区の中堂は、釈迦堂(転法輪堂)で、山内では最古の建物とされています。前方には法華堂と常行堂が建ち並び、二つの建物が渡り廊下で結ばれている為、「にない堂」とも呼ばれています。
円澄が承和元年(834)に転法輪堂(釈迦堂)を建立後に発展していった地域です。
◆釈迦堂・ 転法輪堂(重要文化財)◆
西塔の中堂で重要文化財に指定される延暦寺最古の建物です。 ◆椿堂◆西塔へ入るとすぐに見つける事のできる小さなお堂で、本尊は、千手観世菩薩です。聖徳太子がこの地を訪れた際に残した「椿の杖」が根付いて、枝葉が茂ったとの伝承から、椿堂と呼ばれるようになったと言われています。お堂の傍にそれに因んだ椿の大木があります。 ◆にない堂(法華堂・常行堂)◆
にない堂とは、椿堂の北側にある常行堂(左)と法華堂(右)の総称です。 ◆瑠璃堂(重要文化財)◆
西塔地区からは若干離れた黒谷へ行く途中に位置しているのが瑠璃堂です。 ◆浄土院◆
山中で最も清浄に包まれた東塔北西端にあり、弘仁13年(822)6月4日、56歳で入滅した最澄(伝教大師)の廟所です。 |
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横川(よかわ)地区
西塔地区から北東へ4キロほど離れている横川中堂を中心とする地区です。
横川中堂は朱塗りで舞台造り、建物全体が舟の形をしています。宝形造りの恵心堂、慈恵大師ゆかりの四季講堂などの堂塔が見所です円仁(慈覚大師)によって天長6年(829)に拓かれた地域で、源信・親鸞・日蓮・道元などの高僧・名僧が修業に励んだとされています。
◆横川中堂(重要文化財)◆
首楞厳院(しゅりょうごんいん)と称し、横川の中心となる堂で、慈覚大師が作ったとされる聖観音菩薩が祀られています。 ◆元三大師堂◆
18代座主として19年間在籍され、延暦寺中興の祖である良源(慈恵大師)通称元三大師の住居跡とされているお堂です。 ◆元三(がんざん)大師と角(つの)大師の由来◆永観2年、全国的に疫病が流行して、巷では疫病の神が徘徊し、多くの人々が次々と全身を侵されていった。お大師様は、この人々の難儀を救おうと、大きな鏡に自分の姿を映されて、静かに目を閉じ禅定(坐禅)に入られると、お大師様の姿はだんだんと変わり、骨ばかりの神(夜叉)の姿になられた。見ていた弟子たちの中でただ一人、明普阿闍梨だけがこの姿を見事に写しとられた。お大師様は、写しとった絵を見て版木でお札に刷るように命じられ、自らもお札を開眼された。出来上がったお札を一時でも早く人々に配布して、各家の戸口に貼り付けるように、再び命じられ、病魔退散の実を見事に示されたのであった。やがてこのお札(角大師の影像)のあるところ病疫は恐れて寄り付かず、一切の厄難から逃れることが出来た。以来、千余年、このお札を角大師と称し、元三大師の護符として、あらゆる病気の平穏と厄難の消除に霊験をあらわし、全国的に崇められているのである。(原文のまま) ◆恵心堂◆
念仏三昧の道場である事を裏付けるように前石柱には「極重悪人、無他方便唯称弥陀得生極楽」とあります。 ◆居士林(こじりん)◆
西塔にある居士林は、比叡山の中の修行道場で唯一、広く一般の人々に開放されている場所として有名です。 |
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◆千日回峰行◆
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比叡山で1200年間途絶えることなく続く、天台宗独特の不動明王と一体となる為の厳しい修行が「千日回峰」です。 839年、天台宗第三世座主、慈覚大師 円仁は遣唐使として唐に渡り、山西省五台山で修行します。円仁は唐からの帰国後、当時行われていた五台山五峰を巡拝する行を弟子の相応和尚に伝授したとされています。これに天台の教義である「山川草木悉有仏性(山や川、一木一草、小さな石に至るまで仏性がある)」という要素が融合し、さらに、日本古来の山岳信仰の要素も加わり、1000日を7年間で回峰巡拝する修行法の基礎が創られたと伝えられています。 現在の千日回峰行は、「12年籠山」「回峰一千日」「堂入り」の全てを満行する厳しい行となっています。 「12年籠山」とは、「最下鈍の者も12年を経れば必ず一験を得ん」の最澄の教えに基づき、12年間定められた浄域、結界から一歩も外に出ず、厳しい戒律の下、比叡山で宗祖に仕える行です。 千日回峰行者は、もし修行の途中で挫折すれば自ら生命を絶つ掟のもと、首をつるための紐と短刀を持ちます。 1年目は比叡山中255箇所を巡拝する行程、約40キロを休まずに100日という期間を歩きます。これを2年目、3年目も続けます。 4年目、5年目はそれぞれ連続200日、7年で計700日の回峰をします。 「堂入り」とは、700日が終了した後の9日間不眠・不臥・断食・断水で不動明王と一体になる行を指します。 6年目は京都市内赤山禅院往復が加わる一日約60キロの行程を百日、7年目は前半百日を僧坊を出て京都市内寺社を巡拝往復する一日84キロの「京都大廻り」、後半百日を山中約30キロを行歩します。 7年間で合計1000日を回峰し「満行」とする厳しい修行で、1000日で歩く距離は約4万km、地球を一周するに等しい距離になるとされています。 このうち、700日までの行は自分自身の為に祈り続ける「自利行」、「堂入り」の後の800日以降は『生きた不動明王』として加持を行い、衆生を救済する「利他行」の行とされています。 ※千日回峰行者 特別祈祷のご案内 9月5日(金)6(土)7(日) 延暦寺横川中堂にて奉修されます。 詳しくはこちらを参照してください |
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◆天台宗大阿闍梨・酒井雄哉さん(81歳)◆
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千日回峰行を成し遂げると阿闍梨(あじゃり)という「生身の不動明王」と称されるほど高貴な身分の僧となります。 信長の焼き討ち後、比叡山に残された記録によると、千日回峰行を2度にわたって満行したのはたった3人だけとされています。 酒井雄哉さんはその一人です。 2008年2月15日の朝日新聞夕刊「大阿闍梨は語る」で、酒井さんはこんな事を仰られています。 「無理せず、ひがまず、あせらず、慌てず、水の流れのごとく生きる溜まりに入っても慌てることないよ、よどみも徐々に解かれていくから 自分の力以上に背伸びすると、ちょっと足元をすくわれるだけでスコーンとなる自分にとって理に通らない無理をしなくていい、やらない方がいい |
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今日失敗しても落ち込むことはない、明日はまた新しい人生が生まれるだからこそ今が一番大切、今やっていることを一生懸命忠実やることが一番残りの人生、今を大切に身の丈で過ごせたら良いとつくずく思う」 比叡山に入り、山川草木のすべてに仏性を感じ、自らを律して祈り続ける回峰行。 中でも「堂入り」は過酷とされており、9日間の断食、断水、不眠、不臥(ふが)の中、4日目前後からは死斑が出て、身体からは魚の腐ったような死臭が漂い始めるそうです。 深山幽谷の峰々や谷を静かに巡る回峰行者達の心理状態を軽々しく文章で表現することはできません。 俗世と離れた彼等は、自然と人間の融合点に近づいていき、まさに「生身の不動明王」の境地に達することができるのではないでしょうか。 |
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◆宿坊・延暦寺会館(ご宿泊)◆
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京都市内より車で約45分。世界文化遺産である比叡山延暦寺の宿坊として「延暦寺会館」があります。 琵琶湖と比叡山に抱かれた自然の中に佇むお宿で、日常の喧騒を離れ、癒しの時間を過ごす事ができます。 館内では坐禅や写経が体験でき、大浴場からはまるで運河のように広がる琵琶湖の眺望が愉しめます。 自然の味を生かした精進料理は、身体の内側から健康的に美しくなれると評判です。 夏は日常の蒸し暑さから逃れ、冬は一面の雪景色。桜や紅葉も一見の価値ありと、四季折々に豊かな自然が訪れる人をおもてなししています。 |
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◆比叡山延暦寺大霊園◆
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世界文化遺産の登録を受けた比叡山延暦寺が運営・護持管理を行う霊園です。 JR堅田駅より墓参バスでの送迎があり、園内は車で移動する事ができます。郷里のお墓をそのまま移設することも可能です。 年中無休で霊地の管理をはじめ、各種法要等の実施や霊園の内外に関わらず、ご利用頂くお客様のあらゆる面でのサポートを行っています。 |
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- 【名称】
- 延暦寺(えんりゃくじ)
- 【山号】
- 比叡山(ひえいざん)
- 【宗派】
- 天台宗 総本山
- 【開基】
- 最澄
- 【本尊】
- 薬師如来
- 【所在地】
- 〒520-0116 滋賀県大津市坂本本町4220
- 【問い合わせ先】
- 077-578-0001(代表)
077-578-0678(FAX) - 【交通アクセス】
-
京都駅、京阪電車三条駅よりバスで60分
叡山電車「八瀬遊園駅」から叡山ケーブル10分
叡山ロープーウェイ3分で比叡山山頂へ
JR湖西線「比叡山坂本駅」から徒歩25分、バス5分、坂本ケーブル11分
主な祭事案内:
修正会(12月31日~1月3日)
大護摩供(3月13日)
桜まつり(4月下旬~5月上旬)
盂蘭盆会(8月13日~8月16日)
スタンプラリー(9月下旬~11月下旬)
紅葉まつり(10月下旬~11月下旬)
観光バス・自家用車などでお越しの方は、ドライブウェイに道路状況をご確認下さい。
比叡山ドライブウェイ(下鴨大津線・山中越え途中) 077-529-2216
奥比叡ドライブウェイ(大津市仰木・琵琶湖大橋側) 077-572-1268
※詳しくは下記サイトをご参照下さい
比叡山へ行こう http://www.hieizan.gr.jp/ - 【開門時間】
-
・平常時
東塔⇒8:30~16:30
西塔⇒8:30~16:00
横川⇒8:30~16:00
・12月1日~2月末(状況により延長することがあり)
東塔⇒9:00~16:00
西塔⇒9:00~15:30
横川⇒9:00~15:30
・12月31日(大晦日)はオールナイト
年中無休 - 【料金】
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諸堂巡拝料
大人:550円/中・高生:350円/小学生以下:無料
団体(30名以上)割引(諸堂巡拝料 大人:500円/小・中・高生の団体割引は無し)
「延暦寺会館」利用者の巡拝料
個人・団体共(大人:350円/中・高生:250円/小学生以下:無料)
※詳しくは下記サイトをご参照下さい
http://www.hieizan.or.jp/info/open.html - 【ホームページ】
- http://www.hieizan.or.jp/
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