お坊さんコレクション
尾藤 宏明 さん (日蓮宗:光胤山 本光寺)
お坊さんに聞く!
【今、お寺はどうあるべきでしょうか?】
個人的に、5つの考えがございます。
①世襲制を廃止する
「親が住職だから」と受動的に住職になる人ではなく、「住職になりたい」と能動的に学ぶ弟子たちの中から優秀な後継者を選ぶことで、仏教興隆の為に心より尽力する住職が生まれると思います。
②仏教文化、伝統文化を発信し続ける
葬式も法事も、仏教と結び付いた歴史の上に成り立っており、人々がその意味を理解した上で執り行われていかない限り、形骸化してしまいます。お寺関係者にも生活がある為、活動の大半が葬式や法事などに偏ってしまいがちですが、仏教文化や伝統文化を丁寧に発信し続ける事を忘れてはならないと思います。
③人々の相談所となる
「駆け込み寺」という言葉があるように、様々な悩みを抱えた人々が心の傷を癒せる場を整え、少なくとも、人々が気軽に相談に訪れやすい環境を整えることが必要だと思います。
④安らげる雰囲気を作る
敷居を高くし、入りにくくするのではなく、老若男女を問わず、訪れた全ての参拝者が心から安らぐことのできる空間や雰囲気を創る為、細かな配慮をすることが大切だと思います。
⑤住職に60歳定年制を導入する
住職が満60歳になったら後継者に代を譲る定年制を導入する事で、住職が身体的にも健康で、最も活動できる時期に職務の遂行および後世の育成を行うことが可能になります。また、後継者が早い段階で住職としての心構えや務めを理解して住職をサポートすることが、より寺院の活性化に繋がると思います。
変化を恐れず、時代に合わせてより良い形を目指していくことが大切だと思います。
【質問1】 檀家さんに法要通知をどのように行なっていますか?
封書にて、「法事を営む意味」・「塔婆を建てる意味」・「霊山浄土までの冥途の旅」・「年回忌法要のご案内」・「法事申込書」・「塔婆申込書」を同封して通知しています。
【質問2】 檀家さんや参拝者との交流の場を設けていますか?
月1回の仏画教室、月1回の茶道教室、年1回の団体参拝旅行を交流の場としています。
【質問3】 お寺の色々な行事の宣伝をどのように行なっていますか?
インターネット(ホームページ配信、地域情報サイトに投稿、その他情報サイトに投稿)、雑誌、ハガキ、封書を利用しております。
【質問4】 お寺の行事に来る方々の年齢層や数は?
檀家さんは、50~70代の方が多いです。一般の参拝者は、20~40代の方が多いです。
【檀家の方々へ一言】
ご参拝の際には、是非とも子供さん・孫さんと家族皆でお参りください。そして、合掌して「いただきます!」、「ごちそうさま!」は徹底しましょう。
【参拝者の皆様へ一言】
ご参拝ご苦労さまです。本光寺にご参拝したのも、何かの御縁(仏縁)です。またのお参りを心よりお待ちしております。
光胤山 本光寺
日胤上人(にちいんしょうにん)は正平16年(1361年)4月28日に中山より当村(御門)を閑居の地として堂宇を創立しました。
同年(南朝は正平16年・北朝は康安元年)5月に中山法華経寺より寺号許可を得、11月17日に遷化されたと伝えられています。
日胤上人は中山法華経寺 二世 日高上人(※1 にちこうしょうにん)の俗甥で、日蓮聖人の教えを広め、信者を強化育成し、立正安国の聖業に精進されたと言われています。
一説に、当寺は山号を光胤山(こういんざん)と称しますが、原豊前入道光胤(はらぶぜんにゅうどうみつたね)の名前から採ったものであり、光胤は一方で豊前坊なる坊を営んでおり、この坊が当寺の前身であったと言われています。
光胤は原胤親(はらたねちか)の子息で、通称は孫次郎、官途(※2)は豊前守、のち入道として豊前入道、法号(※3)は荘覚院です。その最期は、寛正7年(1466年)2月7日、吉川(埼玉県吉川市)での戦いで討ち死にと伝えられています。(※4)
文化13年(1816年)に第23世 日理上人(にちりじょうにん)が堂宇を再建しました。
第三十四世 日住上人(にちじゅうじょうにん)が昭和42年(1967年)に本堂、同46年に(1971年)に客殿を再建し、現在に至っています。
※1:日高上人は大田乗明(おおたじょうみょう)の子息
※2:官吏の職務、もしくは地位を指します。
※3:仏門に入った者に授けられる名前です。
※4:2月6日に没したとも言われています。

【日蓮宗】本光寺(千葉県市川市)
尾藤 宏明 さんプロフィール
【お名前】 尾藤 宏明 (びとう こうめい)
【年齢】 36歳
【宗派】 日蓮宗
【お寺名】 光胤山 本光寺
【役職】 住職
【趣味】 スキー、ゴルフ、フィッシング、スキューバーダイビング、韓国映画鑑賞
【尊敬する人】 師祖父
【好きな一句】 發心即菩提
【パソコン利用頻度】 1日に1時間
【人物紹介】
昭和47年 | 東京都板橋区にて出生する |
| 昭和58年(11歳) | 出家する |
| 昭和58年(11歳) | 大本山本門寺の沙弥校(しゃみこう)で7日間の修行をする |
| 昭和59年(12歳) | 大本山本門寺の沙弥校(しゃみこう)で7日間の修行をする |
| 昭和60年(13歳) | 本光寺第34世輝尚院日住上人の弟子となり得度をする |
| 昭和63年(15歳) | 立正中学校を卒業する |
| 平成3年(18歳) | 立正高等学校を卒業する |
| 平成5年(20歳) | 総本山久遠寺で35日間の修行をする |
| 平成5年(20歳) | 本光寺第35世として住職就任する |
| 平成7年(22歳) | 立正大学の仏教学部を卒業する |
| 平成8年(23歳) | 遠壽院(おんじゅいん)の大荒行堂で寒100日の修行を終える |
| 平成12年(27歳) | 遠壽院(おんじゅいん)の大荒行堂で寒200日の修行を終える |
| 平成18年(33歳) | 遠壽院(おんじゅいん)の大荒行堂で寒300日の修行を終える |
| 平成19年(35歳) | 本光寺で仏前結婚式と披露宴を挙げる |
| 平成20年(35歳) | 韓国で人前結婚式と披露宴を挙げる |
| 平成20年(35歳) | 長女が誕生する |
| 平成22年(37歳) | 次女が誕生する |
| 現在に至る |
|
■親和会(毎月) |
![]() ![]() ![]()
|

|
|




