チベット問題 | コラム | おてらいふ WWW.OTELIFE.COM | お寺のある生活を、もっと身近に

チベット問題 ~日本の「言論の自由」を感じて~

2008年4月5日(土)関西テレビ「ぶったま!」の生放送で、姫路市にある天台宗 書写山 圓教寺の執事長 大樹玄承(おおき げんじょう)さんが「チベット問題」へ声明文を出されました。
これは意外にも生放送という媒体では日本の仏教徒としては初めてのことでした。

◆沈黙していた日本仏教界◆

連日のように報道されるニュース番組で、涙ながらに現状を訴えるチベットの仏教徒達。

ロンドン、パリ、サンフランシスコなど、北京オリンピック聖火リレーに対する各国の抗議活動。

もはや日本中で誰もが一度は耳にしたことのある言葉となった「チベット問題」。

ご覧になられた方々の中には、ふとこんな疑問が浮かんだ方も多いのではないでしょうか?

「あれ!?どうして日本仏教界のお坊さんは何も言わないんだろう?」

世界中でも大々的に「チベット問題」の報道が続く中、隣国である日本仏教界の多くが、一般の方々へ向けて大々的かつ公式に語る事はありませんでした。

日本のお坊さんにも色々と事情があり、それぞれ思うところがあるのは当然です。
しかし、わかりやすく情報発信しないことには、檀信徒をはじめ、一般の方々に想いや姿勢が伝わらないのも確かです。

そんな中、日本のお坊さんとして初めて公に生放送で声明を出したのが、圓教寺の大樹玄承さんと、金子峻祐(かねこ しゅんゆう)さんのお二人でした。

■圓教寺
書写山 圓教寺は、山号を書寫山(しょしゃざん)と呼ばれ、その寺格の高さから『西の比叡山』と呼ばれるほど有名なお寺です。
天台宗の別格本山でもあり、西国三十三箇所の第27番札所でもあります。
平安時代の中期にあたる西暦966年に開山され、武蔵坊弁慶や多くの皇族にとってのゆかりの地でもあり、トム・クルーズ主演のハリウッド映画『ラストサムライ』の収録地となったことでも有名です。

書寫山 圓教寺 公式ホームページ
http://www.shosha.or.jp/

仏教界において影響力のある寺院の執事長(大樹玄承さん)と、執事(金子峻祐さん)が公の場に出て発言する事には大きな意味があります。もちろんお二人は、仏教会だけでなく同宗派内においても「怖いもの知らず」「失うものがない人達」「中国仏教界と日本仏教界の間の空気を読んでくれ」など揶揄される事も覚悟の上でのご出演だったと思います。

あえてやり直しのきかない生放送での声明を決断したお二人ですが、自分達の考えを押し付けるという姿勢は皆無で、あくまで宗教家としての見識を多くの人々に対して、わかりやすく、はっきりと示していらっしゃいました。


書寫山 圓教寺
ラストサムライ

◆生放送での声明文◆

声明の詳細は以下です。

今、私達日本の仏教者の真価が問われています。

チベットでの中国の武力行動によって、宗教の自由が失われることに心から悲しみと、やむにやまれぬ抗議を表明せずにはいられません。
私達は、あくまでも宗教者、仏教者として、僧侶を始めとするチベット人の苦しみをもはや、黙って見過ごす事が出来ません。

チベット仏教の宗教的伝統を、チベット人の自由な意思で護ると言うことが、大切な基本です。
皆さんは、日本の全国のお坊さんどうしているのかとお思いでしょう。
日本の各宗派、教団は日中国交回復のあと、中国各地でご縁のある寺院の復興に力を注いで来ました。
私も中国の寺院の復興に携わりました。
しかし、中国の寺院との交流は、全て北京を通さないと出来ません。
殆ど自由は無かった。 これからもそうだと全国の殆どの僧侶は知っています。

そして日本の仏教教団が、ダライラマ法王と交流することを、北京は不快に思うこともよく知られています。
あくまでも宗教の自由の問題こそ重大であると、私は考えています。
しかし、チベットの事件以来、3週間以上が過ぎて尚、日本の仏教会に目立った行動は見られません。
中国仏教会が大切な友人であるなら、どうして何も言わない、しないで良いのでしょうか。

ダライラマ法王中心に仏教国の歴史を重ねてきたチベットが、今無くなろうとしています。
私たちは宗教者、仏教者として草の根から声を挙げていかなければなりません。
しかし、私の所属する宗派が、中国の仏教界関係者から抗議を受けて、私はお叱りを受ける可能性が高いでしょう。

このように申し上げるのは、私達と行動を共にしましょうということではないのです。
それぞれの御住職、檀信徒の皆さんが、これをきっかけに自ら考えて戴きたいのです。

オリンピックにあわせて、中国の交流のある寺院に参拝予定の僧侶もいらっしゃるでしょう。
この情勢の中、中国でどんなお話をされるのでしょう。
もしも、宗教者として毅然とした態度で臨めないならば、私たちは、これから、信者さん、檀家さんに、どのようなことを、説いていけるのでしょうか。

私たちにとって、これが宗教者、仏教者であるための最後の機会かも知れません。

書寫山 圓教寺 執事長 大樹 玄承
平成20年4月5日


◆「信教の自由」「言論の自由」を持つ私達は何をすべきか?◆

大樹玄承さんの声明は、決して自分以外の考え方を非難するものではなく、また、中国とチベットの政治には踏み込んでいません。
宗教者として謙虚に人間の持つべき「宗教の自由」についてお話をされており、仏教徒としての強い意思を感じる事ができます。
この声明には、日本全国のお坊さんの声を待ち望んでいた一般の人々から大きな反響がありました。

「住職の勇気に感動して涙が止まりません」
「自分も傍観者としてではなく声を上げます」
「こういうお坊さんなら、檀家になりたい」
「生涯一度も宗教を信じなかったが少しだけ信じても良いと思った」
「仏教界の鏡だ」

大樹玄承さん生放送の様子

声明に対する反応を見て、「お寺離れ」が進む現代社会でも、まだまだ多くの日本人が、自国のお坊さんや仏教徒の在り方に強い関心を持っていることに改めて気がつかされた人も多いと思います。

この番組の後、2008年4月10日、チベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世はアメリカへの乗り継ぎで日本に立ち寄り記者会見を行いました。その際、北京オリンピック開催を支持しながらも、抗議行動も含めて非暴力の重要性を主張し、中国政府に対しては「旧態依然とした暴力的な弾圧ではなく、現実的なアプローチが必要」と対話の必要性を説きました。

命懸けで「信教の自由」を訴えるチベットの仏教徒の方々、そして、大樹玄承さんと金子峻祐さんの勇気ある行動に対して、私達はどのように「自分自身」で考えて行動していくべきでしょうか?

「信教の自由」「言論の自由」が保証されている恵まれた隣国の人間として、自分の意見を考えてみてはいかがでしょうか。

◆チベット問題って何?◆

「チベットでは…」という言葉を毎日のように耳にしている我々ですが、チベットは現在、チベット自治区と四川省などの枠組みに入り、中国の一部となっています。

ラサを都とする独立国チベットの存在していたチベット高原は、ヒマラヤ山脈の北、平均海抜4,500mの場所にありました。
1949年、そのチベットの東側に中華人民共和国という国が誕生し、当時の指導者である毛沢東(もう たくとう)は、北京で「チベットを解放する」と宣言しました。その後、圧倒的な力の前に、チベットは瞬く間に陥落してしまいます。
1955年からの「中華人民共和国政府による併合」に対して抗議したチベット動乱が勃発しますが、それに対する武力弾圧の結果、十数万人のチベット難民が発生してしまいます。
1959年、指導者のダライ・ラマ14世はインドへ亡命することとなり、ダラムサラ(インド北部)にチベット亡命政府を樹立しました。
600万人ほどの主に仏教を信仰するチベット人は国内で少数派となり、牧畜や農耕を営みながら暮らしていますが、思想や信条を理由に投獄される人が相次ぎ、民族としての存亡も危ぶまれています。

ダライ・ラマ14世
チベット問題

中国の支配に抵抗するデモは、現在でも行われていますが、ダライ・ラマ法王の教えを守り「非暴力」を貫いています。
「チベットに自由を」「ダライ・ラマ万歳」などのスローガンを言葉にしただけで、裁判もなしに過酷な刑務所に投獄され、拷問を受け、死刑にまでなる現状から、亡命を選択するチベット人も後を絶ちません。
現在までに亡命した十数万人のチベット人は、インドやネパールの難民居留地で暮らしています。
そして2006年、そんな中国とチベットの関係を象徴するような悲しい事件が世界中に知れ渡ることになります。
ダライ・ラマ法王に会う目的で、ネパール国境地帯のヒマラヤ山脈を歩いて越えて亡命しようとする子供を多く含むチベット仏教徒ら数十人に対して、中国軍が警告無く狙撃する事件がありました。その結果、先頭と後方部を歩いていた2名(うち1名は15歳の少年)が死亡、数十名らが行方不明となりました。

北京オリンピック聖火リレー

当初、中国の政府側はこの事件について、彼らに幾度も警告していたものの抵抗した為に狙撃したと正当防衛を主張していました。しかし、偶然近くに居合わせたルーマニア人の登山家が事件の一部始終を撮影しており、その内容をインターネット上で公開したことで状況が一変します。その内容は、中国政府側の説明と全く異なっており、ビデオ撮影した登山家は、「まるで狩りをするかのようだ」とコメントを残しています。この映像は世界中で波紋を呼び、国際社会でも大きな非難の声が上がっています。


「コラム」のバックナンバーはこちら「コラム」のバックナンバーはこちら