葬儀って何?
◆概要◆
■日本最初の葬儀とは
わが国で伝えられている最古の葬儀の形式は、三世紀頃の『魏志倭人伝』に記載されています。
人が亡くなった際、近親者は十日あまり喪に服し、肉食をせず、喪主は涙に暮れます。その他のものは棺の周辺で酒を飲み、歌い踊る。
その後、埋葬して身を清めると伝えられています。元々、土葬や風葬が主な葬式の形態だったと言われています。
■縄文時代の葬儀
主な葬儀方法は「屈葬」で、死者は、身体から死霊が抜け出せないように、手足を曲げて縛ってから葬られたと伝えられています。
また、「風葬」のように遺体を埋葬せずに風化するまで安置し、その後で遺骨を壷などに納めて祀る方法もとられていました。
■弥生時代の葬儀
死霊に対する考え方が変わり、遺体は寝室で埋葬され、遺体と共に副葬品も埋葬されるようになり、古墳が作られるようになっていきました。
■仏教伝来と火葬
お釈迦様の葬儀は、その遺体は荼毘に付され、遺骨は分配され、各国の配られてそれを納める為の塔が建てられたと言われます。
日本での火葬も、葬儀に伴う他の色々な習慣と同様、仏教伝来と共に行われるようになっていきます。
記録上、最古の火葬は、文武天皇4年(700年)、
唐に留学して日本法相宗を開いた道昭(628~700)が遺言によって火葬されたのが始まりとされています。
宮廷では、大宝3年(703)、持統天皇の葬儀が火葬で行われたという記録があります。
しかし、これは記録上のもので、実際はもっと早くから火葬が行われていたようです。
もっと以前の『大宝律令』には行軍中の兵士が死んだ時は、その場で死体を焼いて埋めるようにという記載が残されています。
また、東国の防人が死亡した際も、
柩を給付して焼くようにという記事があるからです。
■葬儀と仏教
お釈迦様が生きていた頃のお坊さんは、自分の両親が同じ仲間であるお坊さんの死にあたってだけしか葬送することはなかったといいます。
このことから元々仏教の僧侶と葬儀は直接的な関係はなかったとされています。
仏式葬儀が広く普及したきっかけは、仏教が『死』というものに対して、浄土への旅立ちという見解を打ち出したからでした。
遺された者達にとっては心が救われる考え方だったのです。
日本の葬儀で仏式らしい最初のものは、推古天皇の30年(622)、
聖徳太子が亡くなった時、僧侶が呼ばれて読経したと『日本書記』にあります。
しかし、天平宝勝8年(756)、聖武天皇崩御の時、
初めて焼香などをして
仏式で葬られたというのが正式な意味での最初の仏式葬儀とされています。
