仏教って何?
◆起源◆
■始まりはインドから
約2500年前、ガンジス川中流のインドとネパールの境付近に、ゴータマ一族が統治する
シャカ(釈迦)王国がありました。
(現在の千葉県ほどの大きさの小国だったと伝えられています。)
シャカ王国の族長には、「シッダッタ」という息子がいました。
シッダッタはシャカ王国の跡継ぎとしてすくすくと育ち、成人して結婚後には男の子を授り、順風満帆な人生を歩んでいました。
しかし、何故か次第に人生の空しさを強く感じるようになり、29歳のときに「出家」を決意、
時期国王の座、妻子も捨てて城を飛び出してしまいます。
出家したシッダッタは、バラモン教の修行者達の群れに身を投じ、
「瞑想(ヨーガ)」「苦行(タパス)」の修行に明け暮れます。
シッダッタは「瞑想」の修行はたちまちマスターしましたが、「苦行」の道のりの中で大きな壁にぶつかります。
この苦行とは、草や牛の糞を食すだけでなく、自分の小便を飲むなど、現在の我々には想像もつかないような過酷な内容でした。
「苦行で死んでしまっては何もならないのだ」シッダッタは6年間苦行を続けましたが、何の真理も得られないと悟り、きっぱりとこの修行を止めます。
彼はガヤーの地(現在のインド・ガヤー市付近)のアシュバッタという樹の下で、座禅と瞑想により、再び「最高の真理」の獲得を試みます。
そして、35歳の時、その樹の下でついに悟りを開き『仏陀(ブッダ)』となるのです。
その後、彼は80歳で没するまで遍歴、行脚を重ね、悟りの内容を民衆や弟子に説いて回ります。
仏教の起源は、この時期に行脚を重ね説いた悟りの内容と言え、「仏陀の教え」なので仏教という意味の他に「仏陀になる為の教え」という意味も持ちます。
こうして、小乗仏教は東アジアの南方へ、大乗仏教は東アジアの北方へと伝わっていきました。
■1000年の年月、三国を経て日本へ
日本へ大乗仏教が伝わるまでに、約1000年の月日を要しました。インドで生まれ、中国を経て、日本に伝来した為、三国伝来という言葉もあります。
6世紀初頭、仏教を日本へ招いたのは聖徳太子でした。彼は渡来僧から仏教を学び、深い理解を示して、大陸文化を積極的に取り入れようと試みます。
その目的は政治的抗争によって内乱続きだった当時の日本を仏教思想を基本とした政治で平和に統治だったと伝えられています。
聖徳太子による政治改革の一つに、「和を以って貴しとなす」の言葉で有名な十七条憲法がありますが、これには仏教思想が大きく繁栄しています。
■奈良時代
最も仏教が栄えたといわれるこの時代、仏教は国家統治の手段として使われていました。
最盛期は聖武天皇の時代で、全国の国ごとに官位の国分寺(総国分寺が東大寺)が建立され、お坊さんは今で言うと国家公務員に近い扱いとなりました。
■平安時代
奈良時代末から平安時代にかけて、最澄が785年に、同じく空海が795年に、 東大寺戒壇院で、戒律(具足戒)を受けています。 日本人初の開宗である天台宗、真言宗は、この二人によって開始され、平安時代の約400年間、加持祈祷によって貴族社会に急速に浸透していきました。
■鎌倉時代
平安時代末期には、末法思想(仏教が衰えるという予言的な思想)が出てきます。
その危機意識から、鎌倉時代になると、幾多の優れた仏教が登場し、新しい宗派が登場してきます。
融通念仏宗、浄土宗、浄土真宗、時宗といった浄土系四宗などです。
さらに臨済宗、曹洞宗、日蓮宗もこれに続いて誕生しました。

